シクロペプチド配列決定のための総当りアルゴリズム
📚 概要
質量分析データからペプチド配列を決定する最初のアプローチとして、ブルートフォース(総当り)アルゴリズムを検討します。しかし、このアプローチには深刻な計算量の問題があることが明らかになります。
🎯 基本的なアイデア
ブルートフォースアルゴリズムの手順
- ペプチドの総質量を特定: 例)チロシジンB1 = 1322 Da
- すべての候補を生成: その質量を持つすべてのペプチドを生成
- スペクトル計算: 各候補ペプチドの理論スペクトルを計算
- 照合: 実験スペクトルと一致するものを探す
📊 組み合わせ爆発の問題
ペプチド数の指数関数的増加
質量とペプチド数の関係:
質量 500 Da → 約10^6個のペプチド
質量 1000 Da → 約10^11個のペプチド
質量 1322 Da → 約10^14個のペプチド(数兆個!)
問題: チロシジンB1の質量(1322 Da)では、何兆個ものペプチドを検証する必要がある
🔍 なぜブルートフォースは失敗するのか
同じ質量、異なるペプチドの例
NQEL と TMDH の比較:
特性 | NQEL | TMDH |
---|---|---|
総質量 | 484 Da | 484 Da |
アミノ酸組成 | N, Q, E, L | T, M, D, H |
共通アミノ酸 | なし | なし |
共通サブペプチド | なし | なし |
スペクトルの違い
NQELのスペクトル: 0, 113, 114, 128, 129, 227, 242, 242, 257, 355, 356, 370, 371, 484
TMDHのスペクトル: 0, 101, 115, 131, 137, 216, 232, 238, 246, 252, 353, 368, 369, 484
重要な観察:
- 共通の質量は 0 と 484(空文字列と全体)のみ
- その他の質量は完全に異なる
- スペクトルを使って早期に不適切な候補を除外できる
💡 改良されたアプローチ:段階的構築
問題点の解決策
ブルートフォースの問題を解決するために、以下の戦略を採用:
-
段階的な構築
- 大きなペプチドを一度に生成しない
- 小さなペプチドから徐々に構築
-
早期の枝刈り
- 各段階でスペクトルと照合
- 不適切な候補を早期に除外
-
探索空間の削減
- 正しい方向に進んでいる候補のみを保持
アルゴリズムの改良
🔬 スペクトルベースのフィルタリング
一貫性チェック
ペプチドが成長するにつれて、その部分スペクトルが実験スペクトルと一致することを確認:
def is_consistent(peptide, experimental_spectrum):
"""
ペプチドの理論スペクトルが
実験スペクトルのサブセットであるかをチェック
"""
theoretical = compute_spectrum(peptide)
return all(mass in experimental_spectrum
for mass in theoretical)
📈 計算効率の改善
ブルートフォース vs 改良版
アプローチ | 検証するペプチド数 | 計算時間 |
---|---|---|
ブルートフォース | 10^14個 | 実行不可能 |
段階的構築+枝刈り | 10^6個程度 | 数秒〜数分 |
🎯 実装の要点
-
質量の早期チェック
- 部分ペプチドの質量が目標を超えたら即座に除外
-
スペクトルの整合性
- 各段階で理論スペクトルと実験スペクトルを比較
-
メモリ効率
- 不要な候補は即座に削除
📖 まとめ
- ブルートフォースアルゴリズムは理論的には正しいが実用的でない
- 組み合わせ爆発により、大きな質量のペプチドでは計算不可能
- スペクトル情報を使った段階的構築と枝刈りが必須
- 改良されたアルゴリズムは次の講義で詳しく扱う