分岐限定法によるシクロペプチド配列決定
📚 概要
分岐限定法(Branch and Bound)は、ブルートフォースアルゴリズムの問題を解決する効率的なアプローチです。候補ペプチドを段階的に構築しながら、スペクトルとの一貫性をチェックすることで、不適切な候補を早期に除外します。
🌳 分岐限定法の基本概念
アルゴリズムの構造
重要な2つのステップ
- 分岐(Branch): 候補を様々な方向に拡張
- 限定(Bound): 条件を満たさない候補を除外
🔬 シクロペプチド配列決定への応用
実例:スペクトルからのペプチド再構築
与えられたスペクトル(質量リスト)から開始:
0, 97, 99, 101, 103, 196, 198, 200, 202, ...
ステップ1:初期候補の選択
スペクトルに存在する質量を持つアミノ酸を特定:
アミノ酸 | 質量 | スペクトルに存在 |
---|---|---|
P | 97 | ✓ |
V | 99 | ✓ |
T | 101 | ✓ |
C | 103 | ✓ |
初期候補:{P, V, T, C}
ステップ2:2-merへの拡張
4つの1-mer × 18種類のアミノ酸 = 72個の2-mer候補
PA, PC, PD, PE, PF, PG, ... , PP, PQ, PR, PS, PT, PV, PW, PY
VA, VC, VD, VE, VF, VG, ... , VP, VQ, VR, VS, VT, VV, VW, VY
TA, TC, TD, TE, TF, TG, ... , TP, TQ, TR, TS, TT, TV, TW, TY
CA, CC, CD, CE, CF, CG, ... , CP, CQ, CR, CS, CT, CV, CW, CY
ステップ3:一貫性チェック
一貫性のあるペプチドの例:PV
P の質量: 97 ✓(スペクトルに存在)
V の質量: 99 ✓(スペクトルに存在)
PV の総質量: 196 ✓(スペクトルに存在)
→ PVは一貫性あり、保持
一貫性のないペプチドの例:CD
C の質量: 103 ✓(スペクトルに存在)
D の質量: 115 ✗(スペクトルに不在)
CD の総質量: 218 ✗(スペクトルに不在)
→ CDは一貫性なし、除外
ステップ4:繰り返し処理
📊 効率性の分析
候補数の推移
ステップ | 拡張後 | 枝刈り後 | 削減率 |
---|---|---|---|
1-mer → 2-mer | 72 | 10 | 86% |
2-mer → 3-mer | 180 | 15 | 92% |
3-mer → 4-mer | 270 | 10 | 96% |
4-mer → 5-mer | 180 | 10 | 94% |
ブルートフォース vs 分岐限定法
# ブルートフォース
候補数 = 18^n # nはペプチド長
# 例: n=10 → 18^10 ≈ 3.5 × 10^12
# 分岐限定法
候補数 = 実際に一貫性のあるペプチドのみ
# 例: 最大でも数百個程度
🎯 アルゴリズムの詳細
擬似コード
def BranchAndBound(spectrum):
# 1. 初期候補を生成
candidates = [amino_acid for amino_acid in AMINO_ACIDS
if mass(amino_acid) in spectrum]
result = []
while candidates:
# 2. 分岐:すべての候補を拡張
expanded = []
for peptide in candidates:
for amino_acid in AMINO_ACIDS:
expanded.append(peptide + amino_acid)
# 3. 限定:一貫性チェック
candidates = []
for peptide in expanded:
if is_consistent(peptide, spectrum):
if mass(peptide) == parent_mass(spectrum):
# 完全一致を発見
if theoretical_spectrum(peptide) == spectrum:
result.append(peptide)
else:
candidates.append(peptide)
return result
def is_consistent(peptide, spectrum):
"""ペプチドのすべての質量がスペクトルに含まれるかチェック"""
for mass in all_submasses(peptide):
if mass not in spectrum:
return False
return True
💡 重要なポイント
一貫性の定義
ペプチドがスペクトルと「一貫性がある」とは:
- ペプチドのすべての部分ペプチドの質量がスペクトルに含まれる
- 理論スペクトルが実験スペクトルのサブセットである
早期枝刈りの効果
- 不適切な候補を早期に除外
- 探索空間を劇的に削減
- 実用的な計算時間で解を発見
⚠️ アルゴリズムの限界
最悪ケースの計算量
- 理論的には指数関数的: 特殊なデータセットでは効率が悪化
- 実用的には高速: 実際の生物学的データでは非常に効率的
問題点の予告
「本当にこれで終わりか?」という疑問が残る:
- より複雑な状況への対応
- ノイズのあるスペクトルの扱い
- 修飾ペプチドの存在
📖 まとめ
- 分岐限定法はブルートフォースを大幅に改良
- スペクトルとの一貫性チェックによる早期枝刈りが鍵
- 実用的なデータでは非常に効率的
- しかし、まだ改良の余地がある