DNA複製はゲノムのどこで始まるのか(後編)
🎯 学習目標
この講義では、以下について学びます:
- 実際のゲノムへの頻出語問題の適用
- 逆相補鎖(Reverse Complement)の重要性
- 異なる細菌種での複製起点の違い
- 塊探し問題(Clump Finding Problem)
- より大規模なゲノムでの課題
🦠 実際のゲノムへの適用
コレラ菌(Vibrio cholerae)の例
頻出語問題を実際のコレラ菌の複製起点(約500塩基)に適用してみましょう。
結果
- 4つの頻出9-merが発見された
- 500塩基中で9-merが3回以上出現するのは統計的に驚くべきこと
重要な発見:逆相補鎖
4つの候補のうち、2つが特別な性質を持っていました:
候補1: ATGATCAAG
候補2: CTTGATCAT (候補1の逆相補鎖)
なぜ逆相補鎖が重要か?
-
DNAの二重らせん構造
- 2本の鎖は反対方向(5'→3' と3'→5')
- 相補的な塩基対(A-T、G-C)
-
DnaAタンパク質の結合
- タンパク質は両方の鎖を認識可能
- 逆相補鎖も同じ機能を持つ
逆相補鎖の計算
def ReverseComplement(Pattern):
"""
DNA配列の逆相補鎖を計算
Args:
Pattern: DNA配列
Returns:
逆相補鎖
"""
complement = {'A': 'T', 'T': 'A', 'C': 'G', 'G': 'C'}
reverse_complement = ''
# 逆順にして相補塩基に変換
for base in Pattern[::-1]:
reverse_complement += complement[base]
return reverse_complement
# 例
pattern = "ATGATCAAG"
rc = ReverseComplement(pattern)
print(f"元の配列: {pattern}")
print(f"逆相補鎖: {rc}")
# 出力: 逆相補鎖: CTTGATCAT
結論:コレラ菌のDnaAボックス
- ATGATCAAG とその逆相補鎖 CTTGATCAT が合計6回出現
- この高頻度は偶然とは考えにくい
- これらが真のDnaAボックスである可能性が高い
🔥 異なる細菌での探索
サーモトガ・ペトロフィラ(Thermotoga petrophila)
摂氏80度前後の高温環境で生息する好熱菌での探索:
結果
- 6つの頻出9-merが発見
- コレラ菌とは異なるパターン
- 重要な観察:ゲノムが異なれば、隠れたメッセージも異なる
課題
- 何千もの細菌種それぞれで新しい隠れたメッセージを探す必要がある
- 頻出語問題は汎用的なアプローチを提供
- しかし、どの候補が真のDnaAボックスかの判断は難しい
🔍 より大きな問題:複製起点の位置が不明な場合
問題の再定義
これまでの前提:
- 複製起点(約500塩基の領域)が既知
- その中で頻出語を探す
現実の課題:
- 数百万塩基のゲノム中から500塩基の領域を見つける必要がある
- どこが複製起点かわからない
💡 塊探し問題(Clump Finding Problem)
アイデア:隠れたメッセージの「塊」
複製起点には頻出語が集中して現れる傾向があります。
定義
(L, t)-clump:長さLのウィンドウ内で、少なくともt回出現するk-mer
塊探し問題の定式化
Input:
- Genome: ゲノム配列
- k: k-merの長さ
- L: ウィンドウサイズ
- t: 最小出現回数
Output:
- ゲノム内のすべての(L, t)-clumpを形成するk-merのリスト
アルゴリズムの概要
def FindClumps(Genome, k, L, t):
"""
ゲノム内で(L, t)-clumpを形成するすべてのk-merを見つける
Args:
Genome: ゲノム配列
k: k-merの長さ
L: ウィンドウサイズ
t: 最小出現回数
Returns:
(L, t)-clumpを形成するk-merのリスト
"""
patterns = set()
# 各ウィンドウをチェック
for i in range(len(Genome) - L + 1):
window = Genome[i:i+L]
frequent_patterns = FrequentWords(window, k)
# 頻度がt以上のパターンを追加
for pattern in frequent_patterns:
if PatternCount(window, pattern) >= t:
patterns.add(pattern)
return list(patterns)
📊 大腸菌ゲノムでの実行結果
パラメータ
- ゲノムサイズ:約500万塩基
- k = 9
- L = 500
- t = 3
結果
- 約2,000個の(500, 3)-clumpが発見された
- あまりにも多すぎて、真の複製起点を特定できない
🤔 新たな課題と次のステップ
現状の問題
-
候補が多すぎる
- 2,000個の候補から真の複製起点を選べない
- より洗練されたフィルタリングが必要
-
追加の生物学的知識が必要
- 統計的アプローチだけでは限界
- 他の生物学的特徴を考慮する必要
今後の方向性
-
より厳しい条件
- tの値を増やす
- 複数のkで同時に条件を満たすパターンを探す
-
追加の特徴
- GC含量の偏り(GC skew)
- DNA変性の起きやすさ
- 他の結合タンパク質の認識配列
-
比較ゲノム学
- 近縁種での保存性
- 進化的な制約
📈 改良されたアプローチ
GCスキュー分析
def GCSkew(Genome):
"""
ゲノムのGCスキューを計算
複製起点付近でスキューが最小になる傾向がある
Args:
Genome: ゲノム配列
Returns:
各位置でのスキュー値のリスト
"""
skew = [0]
for nucleotide in Genome:
if nucleotide == 'G':
skew.append(skew[-1] + 1)
elif nucleotide == 'C':
skew.append(skew[-1] - 1)
else:
skew.append(skew[-1])
return skew
🎓 まとめ
-
実際のゲノムは複雑
- 単純な頻出語探索では不十分
- 逆相補鎖の考慮が重要
-
塊探し問題
- より大規模なゲノムに対応
- しかし、候補が多すぎる問題が発生
-
統合的アプローチの必要性
- 複数の手法を組み合わせる
- 生物学的知識の活用
🚀 次のステップ
📚 参考文献
- Ori-Finder: A web-based system for finding oriCs in unannotated bacterial genomes
- Bioinformatics Algorithms: An Active Learning Approach
- Rosalind - Finding a Clump